子どもたち自身の頭手体心を使わせて

子どもを亡くしたことからくる不安もありましょう。

娘の行状高三の姉と高1の当人,恭子と、中学1年生の弟との三人きょうだい。この恭子は目立つところのない子で親が問題だと思ったことがない相手の男性というのは、高校を中退してアルバイトをするやらしないやらで、ぶらぶら日を過ごしているまだ二十歳にならない青年だということです。
その母親が、どうやら朝方に帰ってくる水商売のようで、父親のいる気配がない。
男の子が女友だちを家に連れて帰って泊まらせることに支障がないわけですだから、その親がいくら問い詰めても、娘は黙り通します無視し、口元に薄笑いを浮かべる態度に父親がカッとなって、今までそんなことはしたこともないのに、思わず平手打ち。
いう有様。
するときっと目を据え、いよいよ平然として、次の日は帰ってこないと親にしてみれば、相手の家庭があまりにもこちらの様子と違いすぎる。
自分の娘とがこんな成り行きになったのか。どう考えてもわからない。
母さんにはわ

母さん聞いてきたわよ。

勉強して蒸気機関車を作ったのです。

しつけとして実るのです。どうして、そんな相手とわからないからといって、うものですね当人に詰問してどうしても答えさせようとするのが、どだい無理とい「どうしてそんな子とつきあうことになったのか。後生だから話して。ね、お願い」

なぜそんな行きすぎたことを平気でするのか。いったいどういう気なの?

そんなことをしていて、自分がやがてどういうことになるのか、わかっているの?
なにを尋ねても、うそぶくように顔に冷笑が浮かんでいる。
我慢できないのです。
父親はそれを横で見ていると、もう十六歳の少女·恭子は、たということです。
両親の話によれば、幼いうちから手のかからない聞き分けのよい子だっ三人のまん中というのはえてしてそういうことになりがちなのですが、まぁそれでよしという程度になんでも自分でやっていたので、親はこの子は放っておいても大丈夫と安心しておられたの
です。勉強も友だちづきあいも学校生活のなにもかもについて、され続けてきたので、とにかく安心だった。

子どものよきアドバイザーにはなれる

母親たちは危惧しています。
優秀だ、いうことがない
と許親が声をかけると素直にはいはいと明るく応じて、クラスでもつねにリーダーシップを発揮し先生の評価はいつも文句なしに一番の子だったと聞いて、私はまさにそれだからこそ思春期らしい思春期を迎えたのだと思ったのでした。
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子どもたちの泣き声に満ちあふれてしまうでしょう。

子どもだから可愛くないというのではない。

子どもが一人
ほんぽう生活の定まらない行きずりの男性の家に泊まってしまうという乱れや奔放さなど、外見からはとても感じられないのでした私を鋭く見据え、どんな言辞を吐くのかと耳をそばだてている緊張した構えが、ちの態度と大きくずれているのが、私にははっきりとわかるのです。
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親たちは娘を把握していない。

子ども時分

子供のほうはそんなこともおかまい
娘は、私には大人一般に向けての不信感を持ってはいるが、しなにか激しく確かめようとしているところがありありと見てとれるしか私はこういうとき、本人に一切問いただしをしないのです。自分の考えを述べるのです。
親からおよその状況は聞いていると。ただし親から伝わることは親の考えで色づけされたものだから、あなたの思いで語るなら、ずいぶん話が違うのであろうと思っていると。
第一、今こうして会っているこの場においても、ご両親の思いとあなたの様子とに、リがあることを現実に感じているわけだと。肌でそれを感じるのだ、と。
大きな隔たご両親はあなたによって自分たちの自尊心が徹底的に傷つけられた思いで世間に顔向けができない、といった情けなさいっぱいのご様子。
子供の質問にどんな答え方をする

子どもが困っているとき

それに比べれば、あなたは自分の思いがしっかり伝わらない悔しさとかいらだちで、えがたく心がいっぱいといった態度のように見える。
いかにも抑私は、誰にも普通自分の思っていることをなるだけはっきり表現する。もしそれが相手にとって見当違いならば、相手にそれは違うと指摘してもらうことによって、限りなく訂正を重ねることができる。その努力はいとわないつもりであると。
少女の心が動いている、揺れている、と私は理解できました。
親は、自分たちの考えをなんとか娘にわからせようと力みすぎたのです。

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