子供が親の助けを求めたらすぐ応じる姿勢

子どもにとっては悲劇である。

子どものときから、親に遊んでばかりいないで、勉強しなさいと言われ続けていると、すっかり勉強嫌いの子になってしまいがちですね。どうも勉強というといやなことに無理に取りかからねばならないというニュアンスが、しっかり身についてしまっているわけです。勉強と聞いただけで、心理的な圧迫を受けて、文句なしにやたら心身が緊張してしまう。そうなると、もはや自然な伸び伸びした態度で、人生を拓くということができなくなるのではないでしょうか親の側が、ストレスを生み出さない工夫をずっとずっとし続けておくべきだと思うのです。人生いろんな試練を乗り越えることが、それこそ
波乗りの楽しさというものだというくらい前向きの懸命な人生こそ最大のスポーツといった気分の余裕がほしいですね。母さん世代これはでも、基本的には、親自身がどんな生き方をしてきたかが問われることだと思います受験などというものも、自分自身の場を得て活気のある暮らしを展開するためには、まずとにかくクリアしなければならないものです。人生全体のなかで、勉強とか受験とかをどう位置づけるかによって、子どもの受験に対する過度の緊張やイライラや拒否感が、少し違ったものになるでしょ緊張している子どもに、緊張しなくてもいいのよと言ってやると、かえって子どもは自分の現実を無視されているという実感が湧いて緊張が余計に強くなりがちですね。

  • 先生の教えている
  • 子どもの誰もにこんなことを言います
  • 子どもは悪への誘惑に乗らないし能力も最大限

勉強のでき干含み

むしろ、誰だって緊張するときだと、しっかりはっきり、親自身がどれだけ緊張しないで穏やかに伸び伸びと、そしてまじめに声と気持ちを添えてやれるか、なのですね。そのことを思って懸命な親が子に無用
なプレッシャーを与えていることに気づかない場合が多いのです。

自分の力を存分に発揮できる場所を勝ち取るためには、受験勉強もクリアしなければならない。
人生って、時に平和な優しさだし、時に大冒険。試験も大冒険のひとつ。ただし、ちゃんとこれだけは言っておくわよ。なにかの試験に合格したってことは、なにかの資格が認められるってこと。
人間それぞれの人の人格というものがあって、その人格全体が認められるか認められないかのことは、なんの試験だって、そこまでの資格を品定めする力はない。人格の試験は、毎日の暮らしのなかで、あれやらこれやらのことで、総合的に、テストされ続けていく。生活のなかで。暮らしのなかで。自分が採点したり、人が採点してくれたり。総合点がどんなものかは、もっともっと生きてみなくてはわからないよ。さあ、今日はひとつおいしいものを作ろう。私も頑張る。おまえも頑張る。
母の人格に強い影響を与えているとは思っていない。
いい天気よ
といった、日々の声のかけ方が大切なのですね自分と、まわりのみんなと……二十数年前にはじめて書いた本である親とはなにか中公新書とか、私の書いた何冊かの本を読んで一度相談に行きたい、な表情を安心して示してくれる、と電話があり、二十歳過ぎの青年がやってきました。
体もがっしりとした健康そうな若者でした。
素直で豊か相談に来られた人には、私のほうからまず家族構成などを尋ねるのが、相談の常です。
三人きょうだいの真ん中。上も下も女だということでした。そして、父と母が健在。父方の祖母も同居。
姉はすでに結婚したので、家は五人家族ただし、父は十年前に脱サラをして、自分で輸入商のような小会社を開いているらしい。らしいとは、当人が言うのであって、父のことなど関心はないし、よくわからないと言うのです
もちろん、このとおりの事例は、現実にはありません。私が書くのはすべて実際のさまざまな例をもとにしたフィクションです。

父親のことには関心がない。幼稚園に通い

子どもの目

一緒に暮らしているのに?
「だって、ウチはとっても複雑なんですよ。ちょっとひとことで話せない」

ああ、じゃあ、今のところ家族構成はと問えばそういうことにはなるものの、実は異母きょうだいであるとか、お母さんはお父さんの再婚相手とか?

え?そういうのじゃない。ぼくの父さん母さんはぼくの父さん母さんですよ。子ども三人はあの人たちの子ども。
そういうのじゃなくて……
ああ、生き方っていうか、考え方とか。そういうものがそれぞれ違う?

そうですよ、それ私は今の子どもたちの実感というのが、そういうふうなのかと、つくづく考え込んでしまうのでこの青年は、中学時代に、勉強というものに虚しさを感じていた。高校はどうしても行けという父の強制に従って、行きはしたものの、高校なんて実に空疎なものだった。幼稚園に通い

幼稚園に通い

大学進学の意欲はまったくなしと、親もあきらめてくれたので、卒業後、自分の思うように日々を過ごして、もう三、四年になる、というのです。
「勉強すること自体は、嫌いではないのですよ。先生の本も本屋で見つけて何冊も読んだし……」

中学で、学校の科目としてやる勉強が、教え方とか内容とか、あるいは学校という集団管理の規則とか先生の態度というか、そういうものまでもみんな含めて、つまらないと思った?

うん、そういうことかな。つまらない
友だちも、つまらない?

友だちって、別に、いなかったから……
クラスのみんな学年のみんな。そういうの、友だちじゃない?
「ああそういうの、みんなどうってことないですよ。別に
今はスーパーの商品の出し入れの仕事ですが……。
るフリーターというか、あっちこっちで働いて、やりはじめて三カ月くらいです」

そこで落ち着けそう?

え?アルバイトだから、別に……
人生の先々が安定するかどうかって、考えなきゃならないね。
実際のところ、それ考えるでしょう人生を肯定しているわけじゃない。


母さん世代 いじめられる子の親のほうがもっと大変ですね 学校に行きたくないのにもかかわらず無理

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