学校にまで影を落とす

母さんなんだか違ったことを言ったぞ

友だちとのことなど、特にそのようですね考えてみれば、それはまったく畳の上の水泳訓練でしかないのですね宮崎さんと原野さんが、いつしか私を待ってくれなくなったとか、安井はおれがなにか言うと必ずひやかしたりけなしたりするのでもう見るのもいやになったとか、自分が入れてもらえるグループがなくていつもひとりでいるのが辛くてかなわないとか……、そりゃもういろいろ問題があるでしよういじめ
ということがともすればマスコミで問題にされますが、極端に異常ないじめよりもむしろどう言ったらひとことで説明できるか言いようもないような、取りとめがないといえばまさに取りとめのない、でも当人にとってはなんとも我慢のならない友人関係についてのこだわりというようなものが、あれこれ無数にあるのが、子どもたちの集団の常というものです。
子どもを臆病にしたのは私のせいだと気にしていて

子どもの心が荒れて

母親がさかんに叱っている声が聞こえる。

子どもの受ける抑圧は相当なものでしょう。どうしたらいい?
母さん

と尋ねられるのですね。するとどうでも具体的になにかよい策を教えてやらねばならない……答えてやらねばならないとあせりがちですが、ここでなにも具体的に解答を与えてやることなどない。
いや、答えなど出せないのですよ、ほんとうは。
今日プールで泳げなかった、どうしたら泳げるのかと聞かれて、じゃあ水泳パンツひとつになって畳の上で手足の動かし方の練習をしましょうと頑張ってみて、明日の練習の足しになりますかむしろ、練習したとおりにはできないのが不安で、いよいよ明日への緊張が高まってしまう。

教育でいちばん大切

子供の可能性に期待することが大事なのです。
自意識過剰で頭だけが空回りしていて、心はひからびて固まってしまうのですよどうしたらいい?
母さん

と問われたら、親は
ほんとにどうしたらいいかだよね。
おまえの気になっているのは、どうしたらいいかだわ。
ほんとに。
どうする?!
と、質問をしっかり確認して、その質問を返してやればいい。

だからア、どうしたらいいかって、母さんに尋ねてるンでしょ?

その場にいるわけでない私にまで、どうしたらいいって、聞かずにおれないほど、どうしたらいいか困ってんだね、さて、ほんとにほんと、どうする?
どこまでも深く深く思いを確認してやって、質問は当人に返すのですよ。するといつしか
だって、宮本はくどいんだから。
大学だけは行かせてあげたいんだまず

子どもの心に届くということです。

育児法にしたがって
もとはといえば、春名君がやられてるのがかわいそうで、ぼく結局、誰も相手にしてくれなくなってンだもの、ね
宮本さんって、そんなふうなの
そう。あいつそうなの。ふーん
「あーあ。学校って、うんざり。うんざりうんざりがいっぱいだよ、もう。
うんざり。
母さん、これ食べていい?
一つ」

食欲があるうちは、健康、越えて。ちょうどできたて。
健康。うまく乗り越えられなかったら、一つお取りよ。コロッケ……やっとこさっとどうにか乗りその次は、ちゃんと子どもがついで、家のが抜群!って言いたいんだろう。母さんが言う以上だよ
そうやってほめてもらってるのに、余分はその一つ切り!残念だわ

いいよ母さん。夕飯が楽しみ!
ありがとう。ほめてくれると作りがいがあるのよ

あーあ、友だちのことも、ね。明日は明日。もしやんなったら宮本にぼくが思いっ切り、しっかりとうーん、できるかな。
どうにかなるんじゃないのなにがどうなのか、子どもの話だけでは、実際の場面はつまびらかではない。親がそれを知ることが大事なのではなくて、子どもが明日にのぞんで、出たとこ勝負で日を過ごす意力が湧いてくるかどうかが大切なのですね。

子供の心に本的

学校にも居場所をなく
友だちとの状況展開はいわば自然発生的なのですよ人を見る目をこやす友だちと群れているのを見れば、まあ気軽にやっているわねぇ、と、大人には見えるのでしょうが、子どもたち自体は、楽しそうな声が家に近づいてきてハハハ、そいじゃーな、また明日
友だちへの気遣いがそれはそれで結構あるのですねといつもの浜下君と別れて家に入ってきた準司考ドアをバタリと閉めた途端に、ぐっと暗くなっています「もーお、あいつ、いやだよ。母さん、明日、おれ、休むかもしンないぜ」

あいつって誰のこと?

あいつだよ、ハマシタ「だって浜下君でしょ。元気にじゃーなって今そこで別れたんでしょ。
にぎやかに楽しそうに話して、明るく別れたくせに」

だからもういいんだよ、あいつ!
育てられて

母さんがお父さんを立てるという

顔も見たくない!
と、こういうときに、変に詮索しないこと。

どうして?
なにがあったのよ?それじゃあなんであんなに明るく一緒にいられるのよ
せんさくなどと問い詰めて、子どもの裏表を全部納得しておかなければと力まないことですね。
うっとうしい相手だからこそ、機嫌よく振る舞ってやっておかなければならない、ということもあるわけですよ。あるいはまた、調子のいいときはよく噛み合う相手で、こいつはおれにとってなくてはならない親友だなどと胸を熱くするくらいなのに、相手の自己中心癖が出てきたりするときは、あー、こいつとつきあってると自分の人生狂わされる!と腹が立って心底相手の存在がうとましくなってしまうとか。いろいろあるのですね。

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