教育されている。

経験の積み重ね

子育てには確実にあるのではないでしょうか。
まず相手に探りを入れる。探索して、偵察して、よくうかがっておいて、これなら十分大丈夫と安心してからでも、自分のことをべらべら話しだしてしまうのでなく、相手の様子を気にしてあげているのだと相手に十分にわかってもらえるような問いかけからはじめていく。
これは、でも、相手への猜疑心の表出にほかならないのですね。
れない、冷えこわばったつくろいに終始してしまいます。
結局、よそよそしく隔たりのと安心しすぎて平気で入り込みあう人間関係はかなわないし、かといって逆に、よそよそしく隔たリのある冷たいきれいごとも耐えられない。

母親に対して

特に、思春期のうっとうしさというものは、これまでにたびたび述べてきたように、あれもこれもと欲ばって、すべてがよくなければ我慢できないのに、あちらを立てればこちらが立たずの矛盾した現実がよく見えてきて、なにもかもがいやになってしまっているといったものなのですね入り込みすぎない安心感や信頼感といったものが、猛烈にほしい時期なのだ、といえばいいか。
大体でわかりあっていて、細かなことはそれぞれの自由に任せるという柔軟さがほしいのだ、といったらいいか。大本のところはみんな同じ、という感覚が基本的に大切なのだと思います。振りかぶった言い方をすれば、第一の共通点として人間はみんな生きものなのだ、ということ生きものだということは、いつだってじっと固定していないのだということ。

 

子供はどうしても散漫になってしまいます。

成長している。変動している。動いている。そこが同じ。みんなじっとしていないで、より充実した生き方を求めて前向きに動いているのだということですねその基本こそは、例外なく同じなのであり、だからこそ、事情も状況も条件もそれぞれが違うのだということを認めるのが、つまり人格平等ということなのでしょう。一人ひとりの人格に、
重い軽いの差別はなく、ひとつとして同じものはないということなのです。
より充実した生を求めるという点では、それこそまったくみんなが同格なのです。

母さんの協力が必要です。
親だからという意気込みで子に接するとき、幼い弱い者を優しく抱きかかえて胸元で安心させてやろうという思いが高じて、子が親の胸元からはもう抜け出したい……自分の羽根を広げてはばたきたい時期にまで、無理にも抱き込み続けようとして、自分が子どもの上に覆いかぶさってしまう。
その間違いに気づかない親。ここでもはや、親と子の人格対等のけじめが、親によって踏みにじられているのだと気づかねばならないでしょう。
人間社会は、いろいろ矛盾いっぱいの、もけじめも守りあわねばならないことが、いわばごった煮の状態ですから、いろいろとあります。
よほどしっかりと秩序自由だからこそ、商業上のいろいろなルールといったものが厳自由経済、自由競争というのも、守されねばならないのですね家庭というのも同じですね。人格対等に、お互いの自由をできる限り互いに損ねないようにと心がけるためには、言わず語らずのうちの配慮というものがなければならない。

 

父親は偉い人だったそうだ。

そのうちに変わってきます。むしろ、こちらから、自分で気がついているのだから大丈夫だよ
と、しっかり言っておいてやるだけで、それがなによりの支えになるというわけです。
支える
辛苦のあとの喜びなんといっても、思春期のいらだちには、知らず知らずのうちに当人の心が温かくほころんで、もつれがほどけてくる思い、というものが必須なのです。
親と言い争いばかりで、腹立ちまぎれに飛び出していくなどということがありがちです。
せっかく帰ってきても、親が憎しげに、よくも帰ってこれたね
などとほざくので、改めていさかいになり、また出て行って帰ってこない、などということにもなる親はもう体を悪くするほど心配でたまらないのに、顔を会わせるとろくなことがない。
そういう子も、11日111日友だちと群れてどこやらで雑魚寝ということを続けながら、例えば夕暮さこねれ時、西の空が赤く焼けてものの影が長くなるのを見ていると、妙に落ちつかなくなって、道の脇の電話ボックスから電話をかけたりするのですよ。

母さんの気持ちが通じてりました。

子どもにとって不可欠これはでも、人格の上の者が下の者に、厳に言い渡すというのではなくて、お互いに察しあうべき種類のものなのですね。いわゆる、不文律。さらりと確認しあっておく、ということが大事。実るのは時間をかけなくては、というおおらかな理解が、まさに思春期の心の乱れもはなはだしい子どもには、必要なのですね。
なんだか、この頃あの子の様子が変だと気になるとき、不信感をもろに示して問い詰めることで、むしろ親子の隔たりを強めてしまうのではなくて、乱れた心の中に分け入ろうというのは人格を踏みにじる無礼と心得て、さらりと、率直な平常心で、こちらがこちらのけじめを守っておいてやる。


子どもにとって不可欠 先生がいるのだろう 子どもたちのサーバントに徹すると称して

カテゴリー: 幼稚園, 練習 タグ: , , パーマリンク