教育をやめようというのではありません。

学校に対する

逆に、自分たちが娘の思いを深く心にとめるという向きの努力をしなさすぎたといえるのだろうと思いますそこからズレが起こり、親にわかってもらえないどころか、まるで人間ではないもののように見下げられて、それじゃとことんするだけのことをするまでと、いわば少女は居直ってしまった…..と、そんなところなのでしょう。思春期とは、いわば蝉の脱皮のように、心も体も、成長発達の決まりどおりの変態がはじまる時期なのですねせみ男の子は、男性としての特徴がはっきりしてくる。身体各部所の体毛が濃くのびるようになり射精を体験するようになり、心のなかのいろんな思いも、すっかり色違いのものになっていく。
女の子は女の子で、生理がはじまって乳房がふくらみはじめ、身体の線が日に日に女性らしいなめらかさへと変わっていく。生理の調子と心の動きは微妙につながっていて、自分でも感情の起伏の変化に戸惑ってしまう。
育てられて

中学校は私にとって決して思い出したくない

子どもは自立するものなのです。

母親の思い上がりと感じたかも知れません。この時期には、今までよしとしてきたことすべてが、ほんとにそうなのかといちいち確かめ直さずにはいられない気持ちになり、果ては、なぜ生きているのかとか、生きるとはいったいどういうことかなどと、およそ今まで疑問に思ったことなど一度もなかった思いがけないことがとても気になりはじめる。そして、気になっている間中、ほかのどんなことも手につかなくなってしまったりするわけです。
気になったことはなんでもいちいち、ういった心情になりがちなのですね原点に戻ってゼロから捉え直さずにはおかないような、そ私は、両親と当人の様子をうかがい比べながら私自身の考えをまず述べているうちに、娘がほっとため息をつき、胸いっぱいふくらんでいた緊張が少し穏やかになるのを見のがしはしませんでしそこで私は親に席をはずしてもらい、改めて少女と向きあって座り直します。

学習を考え質的な見方を忘れてしまっています。

子どもの行動を変えることになるのです。
小学生時代の子どもなら、世の中とは、家庭と、学校の自分のクラスと、住まい周辺の近所のつきあい、あるいは親のつきあいの範囲の、それだけのものに尽きるわけですねそこで決まった評価を受けて、決まった行動のパターンで明け暮れ、世の中全部に受け入れてもらえているという安心感を保っておれば、まさに天下はわがものという安らかさところがやがて思春期になると、これまではなにもかも親と先生の目を通して、見たり聞いたり考えたりしていたのだということを、猛烈な新鮮さで気づく。今まで少しも知らなかった広い世の中を、はじめて自分の目で見る感じ私は、誰にも訪れる思春期の不思議さを少女に、あれこれぽつぽつと語りました。
少女も、断片的ながらあれこれと話しはじめました。話したいことの本質を間違わずに受け止めるよい聞き手になろうと努め、だったのです。
聞いた話を私なりに整合してみると、およそ次のような成り行き誰にも話せなかったこととても男らしい男の子が、小学校の二年のクラスで一緒だった。
子どもたち自身の頭手体心を使わせて

子供は決して正直な人間には育たないでしょう。

学校である
中学の1年でも、五年、六年でも一緒になり、また111年でも同じクラスになったというのです。
同じ地域の中学へ進んだので、山俊司という少年です。

中学二年の一年間は同じクラスではなかったのですが、その一年の間に、この俊司が学年中でいちばん目立つ問題グループを率いるようになっていました。少年のそんな変わりようを、実は恭子はわがことのように心配していたのです。
学校の規則を楯に取って、生徒にガミガミと侮辱的なことばを投げつけて恥じない二、三の先生がいた。それも、あとあとに厄介なことの起こりそうにないおとなしい生徒に対して特にくどい態度で迫るのが、俊司にとっては腹立たしくて我慢できないことでした。
まったく男らしい正義漢ぶりで教師に楯ついた。それがしかし、のものしく騒がれて以来、俊司は見事にぐれてしまったのでした。
由々しい教師反抗の事件だともまことにまあいってみれば少年らしい反発です。

大学を出る女性が多くなった。

母さんを知っているからです。
悪いと言われるならそれにふさわしい悪者になってやろうじゃないのとばかりに、授業妨害や規則違反をこれ見よがしにしてはばからない悪のグループを率いていて、二年、三年は荒れない日はないといった有様だったのです。
中山俊司少年の気持ちの荒れ立ちのもう一つの背景は、両親の離婚でした。少年が中1の正月夫に飽き足りない母親が家を出ていってしまったのでした。小学五年の弟と家のことはなんにもしない父親とそして自分のために、少年は黙々と夕食を作るのが仕事になっていました。
恭子は三年生になってすっかり荒れ果てた俊司とふたたび同じクラスになり、彼が休み続けたぁる日、家にプリントを届けに行って、少年の家でのありのままの様子を見てしまったのでした世の中はなぜこのようにも、風当たりの強いところにいる者にとっては、やりきれないことばかりが続くのだろう。
母さんが長い時間

子供に聞かれたくない話

やたらひどくて辛くて恭子は、自分だけが恵まれている、それが許せないことだ、という思いにとらわれて、その分だけ、わが家の平穏と潤沢ぶりにひたり込めない自分を、どう落ち着かせようもなくなってしまうのでしたそんな恭子の懸命な思いが、もちろん俊司少年に伝わらないはずはなかった。
小学校で同じクラスになった学年は、必ず恭子と俊司のどちらかがクラスの委員長でどちらかが副委員長だったのですから。
家庭の環境があまりにも違うとし少年は恭子に負けず劣らず頭の働く子でした。ただ、て、恭子のことは気持ちの外にあったらしいのでした少年は、少年の中学三年生時は捨て鉢でした。

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